研ぎ澄まされる肉体と、積み上がる「自信」という名の貯金


そこからのめり込んだ筋トレは、私の生活すべてを塗り替えていきました。 目に見える変化は、驚くほど速くやってきました。
時を同じくして、長年の重荷だった奨学金の返済が完了。 毎月の返済額をそのまま貯金に回すことで、少しずつ「心の余裕」が通帳の数字として現れ始めました。
実家を出て、自律生活へ

ストイックな食生活を続けるうちに、実家での食事とのズレが目立つようになり、再び一人暮らしをスタート。職場に近いアパートを借りたことで、通勤時間は大幅に短縮され、余った時間はすべてトレーニングへと注ぎ込みました。
2度目の一人暮らしであるため、自律した生活をしようと家計簿アプリで収支を「可視化」し始めました。特に節約を意識せずとも、収支をきっちり把握するだけで、年間100万円を貯金できるサイクルが完成。 体が変わり、お金が貯まる。この二つの事実は、確固たる自信を与えてくれました。
新たな出会いと、すれ違い
そんな自信に満ちていた頃、職場の後輩から紹介された看護師の彼女ができました。スポーツ経験者で気も合い、何より彼女は非常に「グラマラス」で魅力的。

付き合い始めたタイミングで彼女が購入したFJクルーザー。助手席は、私にとって誇らしく、「いつか自分もこんな車に乗りたい」と強く思わせてくれる場所でした。
すぐにお互いの実家を行き来するようになり、頭には再び「結婚」の二文字が浮かんでいました。しかし、現実はそう甘くはありません。
半年後、僕たちは別れを迎えました。
彼女の言葉や態度の端々からなんとなく嫌な予感はしていましたが、旅先で将来のことを話そうとした矢先「結婚は全く考えていないよ」と当たり前のように言い放つ彼女。この関係を続ける意味を見出せなかった私たちは関係を終わらせることにしました。
別れたあとすぐに、彼女は職場を去りました。元々、都市圏へ転職する準備をしていたようでした。
その後になって、彼女ととても仲の良かった先輩看護師から聞いた言葉を、今でも覚えています。
「あの人、自由な人だから」
振り返れば、私の言葉の端々に、結婚を意識するあまり彼女を縛り、制限しようとするニュアンスが混じっていたのかもしれません。自分を律することで得た「規律」のようなものが、いつの間にか相手にも同じような「規律」を強いる傲慢さに変わっていたのではないか。
二人で結婚を意識してお金を貯めようと話した時、彼女が放った「私のお金は私のもの。誰にも渡さない」という言葉。当時の自分にとってなかなかショッキングな言葉でしたが、今思えば、私が「結婚」という枠で彼女を縛ろうとしていた一方で、彼女の心は最初から別の場所にあったのかもしれません。
手に入れたはずの自己効力感の裏側で、また一つ、大切なことに気づかされようとしていました。
別れてわずか3ヶ月後、彼女が元カレ(?)と結婚したという風の噂を聞いた時、自分はただ遊ばれていたのかという悔しさがこみ上げました。(その後すぐに離婚したと聞き、なんとも言えない気持ちになりましたが……)
貯金を使い果たして手に入れた、新しい相棒
この「やり場のない悔しさ」が、私を極端な行動へと走らせました。
「見返してやりたい」「このモヤモヤした気持ちを晴らしたい」という一心で、これまでコツコツ貯めてきた貯金をほぼ全て吐き出し、ずっと欲しかったハイラックスサーフを購入しました(彼女のFJクルーザーの影響)。

金に糸目はつけない。けれど、できるカスタムは自分の手で行う。
そんな意地とこだわりを詰め込んだサーフを手にした時、通帳の残高はほぼゼロになっていました。
「やらないこと」を決める。Less is Moreの芽生え
勢いで貯金を使い果たし、物理的に「お金がない」状況に追い込まれたことで、思考はガラリと変わりました。
「あれもこれも」と欲張るのではなく、「今あるものをどう活かすか」。
故スティーブ・ジョブス氏が遺した言葉のように、やるべきことではなく、「やらないこと」を決めました。
継続したのは、自己研鑽に繋がる筋トレとランニング。そして、社会人になって最初のボーナスで買い、防湿庫で眠っていた一眼カメラ(初代SONYα7)を、今こそ本気で使いこなそうと決めました。
「ハイラックスサーフを活かせる趣味は何か?」
幼少期に両親が連れていってくれた思い出もあり、答えは自然と「キャンプ」に辿り着きました。

最初は、父親が昔使っていた古い道具を引っ張り出し、足りないものだけを少し買い足した、不器用な車中泊キャンプからのスタートでした。
0.1%の成長:読書、カメラ、そしてSNS
「綺麗に撮るための最低限のコツ」を掴んでは、ひたすらシャッターを切る日々。この時、カメラのために本を手に取ったことが、今の私の「読書習慣」の原点になったのだと思います。

ただ撮るだけでは勿体ないと、ギャラリー代わりに始めたのがInstagram(@sasabito)でした。 愛車のサーフや、その傍らで楽しむキャンプの風景。
投稿を続けるうちに、フォロワー数は急激に伸びていきました。正直に言えば、承認欲求が満たされる快感にどっぷり浸かっていた時期でもあります。しかし、それ以上に私を変えたのは、SNSを通じて広がったリアルの繋がりでした。
職場や地元の友だちといった、これまでの固定されたコミュニティを飛び出し、同じ「好き」を共有できる仲間と出会う。自分の世界が外へと広がっていく感覚は、今までにないほど刺激的で、純粋に「楽しい」と思える体験でした。

しかし、そんな「広がり」と「熱狂」の中に身を置くうちに、「もっと良く見せたい」「もっと道具を揃えたい」という無意識で際限のない『More』の追求が加速していきました。
この熱狂の先に、今の私の指針である「Less is More」へと繋がる、本当の意味での『削ぎ落とし』の時期がやってきます。それは、単なる節約や我慢ではない、自分自身の『好き』の純度を高めるためのプロセスでした。
私がどうやって「承認欲求の海」を抜け、今のスタイルへと辿り着いたのか?
続く。


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